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【犯罪者と反省】「反省させると犯罪者になります」から学ぶ子育てや怒り方

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【犯罪者は反省させるべき?】反省させすぎると再び犯罪者になるという現実

反省させると犯罪者

こんにちは、Michiです。今日はママレポ&書籍レポです。

待ち合わせ場所に早くついたのでふらっと立ち寄った書店で目に留まったこの過激なタイトルの本。2013年初版の少し古い本ですが、一瞬で読んでしまいました。筆者は、極悪犯罪を犯した犯人の民間更生員といった立場の方です。

更正ではなく、「更生」です。強調しておきます。

この本は、犯罪(者)を身近に感じている人だけでなく、子育て中のかた、子育てを終えた方、学校の先生、先生を目指している卵さん、色んな方に読んでもらえると良い本だと思いましたので、紹介したいと思います。

私は、娘を育てている母として、娘の父でありパートナーであった人を交通事故で失った立場として、さらに母との関係に悩んだ過去がある娘として、この本を読みすすめました。

タイトルのような過激なことがかかれているわけではありません。犯罪に限らず、ちょっと悪いことをしてしまった後のその人の心の内。周りの対応。その人の過去とこれから。そんなことを考えるきっかけをくれる本です。

最近では、芸能人や国会議員が、不倫で謝罪会見をしました。有名なスポーツ選手が薬物使用で謝罪しました。そんなとき、まずクローズアップされるのが、彼らの生い立ちであったり、弱さなど。いかに悪いことや犯罪をおかしかねない環境や人格だったかがワイドショーなどで取り上げられますね。

 

謝罪会見のキーワード「心の弱さ」って何?言い訳?

謝罪

有名人の謝罪会見、みなさんもテレビニュースやワイドショーなどで幾度となくみたことがあるのでゃないでしょうか。彼ら、彼女らに共通して口にする言葉が、「心の弱さ」です。

これに違和感を覚えませんか。

弱いからしてしまった?

心が弱いから?・・だったら世の中は犯罪者だらけですよね。

心が弱くても、手を出さない人が大半なんです。そこに気づかないといけません。犯罪者にならない人は、決して心が強いわけではありません。

筆者は、その最大の要因を「寄り添う人がいるか、いないか」だと言っています。

「自分をさらけ出せる相手が一人でもいるか、いないか」

「そのままの自分を受け止めてくれる人がいるか、いないか」

人が一線を越えてしまうかどうかは、そこに尽きると著者は力説しています。心が弱くても、その弱さをたった一人にでも見せることができれば、悪いことに手を出す可能性は極めて低いというのです。

 

犯罪者になるかどうかは子供時代に決まる!?

心の弱さが原因だといって謝罪しているにもかかわらず、なぜ有名人が悪いこと(不倫などではなく、薬物に手を出したりといった犯罪です)をしてしまったときや、凶悪犯について報じるニュースでは、その人の幼少期の環境や家族構成などが調べられるのでしょうか。

それは、そういった心を許せる相手をみつけられるかどうかは、子供時代に親が子供にとって“そういう相手”になってあげられたかどうかが大きく影響しているというのが筆者の意見です。

子供はほとんどの子が、よくわからずちょっとした悪いことをしてしまいますよね。

子供は正直だから、怠けます。

口をすべらせます。

ほしいものに手を出します。嫌いな人には手をあげます。

イライラすると暴れます。

その時に、親はどうしたか?

大人として「正論」をのべ、徹底的に怒り、反省させ、(何なら反省文をかかせたり、部屋に閉じ込めたり、外に追い出したり)していたとしたら、子供はきっと心を閉ざしてしまったでしょう。

これがこのタイトルにある、「反省させると犯罪者になります」という理由です。

他に頼るところがない子供に対して、大人の正論で追い詰める、徹底的に悪いことをしたと自覚するように反省させる・・これらは実はあまりおすすめの怒り方ではないようです。

 

子供が悪いことをした時の正しい怒り方

では、悪いことをしても放置しておけばよいのでしょうか?

『怒らない育児』なんてものがいっときブームになりましたが、やっぱりあの育児法が正しかったのか?というとそうではありません。

というのも、親は「怒るな」≒「大声で怒鳴るな」と解釈した結果、『静かに、落ち着いた口調で、何がダメだったかを話して子供を諭そう』としてしまいます。

でも、先ほども説明したように、実は大人の正論ほど子供を追い詰めるものはないということです。この感覚を大人がまず認識しないといけません。

ではいったいどうすればいいのか・・

大事なことは、「どうしてしてしまったのか」を一緒に考えることです。

怒るわけでも、反省させるわけでも、正論で説き伏せるわけでもなく、一緒に考えて悩むだけでよいということです。

この行為は、子供に『親に受け止められている』という安心感を与えます。自分はありのままでも受け止められるという確固たる自信をつけることができるのです。

この自信や安心感が、大きくなったとき、他者に心を開いて人間関係を築けるかどうかにつながっていくということです。あなたの子供が大きくなった時に、きちんと人間関係を築くことができれば、犯罪者になる可能性は限りなく低くなるでしょう。

 

子供を受け止めるのは親じゃなくてもいい。

では、親がそんな感覚をもっている親じゃなかった子供は、みんな心を閉ざしてしまうのでしょうか。

子供は親を選べないのに・・・。

でもそうではありません。少なくとも私のように、親とは上手くいかなかったけど、犯罪者にはなっていない人間もいます。

私は小学校の担任の先生や、部活の顧問の先生が、私をありのまま受け入れてくれたので救われました。親に限らず心を受け止めてくれる大人がいれば大丈夫でしょう。

少し話はそれますが、私は親に「AB型は変わり者だ。何を考えてるかわからない。一匹狼。」と言われて育ちました。その他の部分は特別問題があるような家庭ではなかったですが、そんなことを言う母を心から嫌っていました。

そんなことくらいで?と思われそうですが、母が普段から悪口を言っていた姑がAB型だったのです。

つまり、AB型をせめられるということは「あんたも嫌い」と言われているのと同じだったのです。

母と兄はA型で気が合うと言っていたのも幼心に傷つきました。父がB型のせいで私はAB型になったんだと、父のことも恨みました。

でも子供は悲しいかな、親がいないと生きていけないんですよね。だからなるべく上手く、なるべく拗らせず、18才まで生きていくしかないと思っていました。

親に心をひらくことなど全くありませんでした。言う必要のないことは絶対に話さない。そんな子供でした。(親にしたら、それがまた憎たらしくてかわいげのない子供だったのでしょうね。)

でも私は中学で陸上競技をはじめて、家以外のところに居場所ができました。

その顧問の先生が変わり者のAB型で、でも偉大な競技者で、心から尊敬できる人でした。淡々としていて、動じず、カッコいいオジサンでした。

私はその人に認められ、さらに部活仲間と楽しい学校生活を送ることで、家でのストレスを発散できました。そして幸いにして、その後の人生で人間関係に悩んだことはほとんどありません。

私にとっては親より顧問や友人の方が大切でした。今は親より、彼や娘の方が当然大切です。

もちろん私も子供を産んでからは母とうまくやっています。

今も母は私の生活や人間性にごちゃごちゃ言ってきますが、私は「あんたが産んで育てたんでしょ」と心の中で皮肉を言って、さらっと流してしまいます。

生意気でしょ、でもそれでいいと思っています。

私は娘を産んで思いました。娘がどんな子に育とうと、愛しいです。

望んで産んだ子供ですから。

極端なことをいえば、子供は親のエゴで産まれてくるものです。

だから、親が子供に「生まれてきてくれてありがとう」と感謝こそすれ、子供が親に感謝なんかしなくていいと思うのです。

結婚式とか、世間一般でよく言われている「育ててくれた親に感謝」とかいうの、私は共感できないんです。以前はそんな自分を『心がゆがんでいる』『恩知らず』なんて、親に言われるままに受け止めて凹んでいました。

でも、自分にとって本当に大切な存在ができて、自分の人生を生きていると思うようになってからは、そんな親に感謝できない自分を認めることができるようになったのです。

そうなると、意外にも親との関係が良好になったのですから・・・人間関係ってほんと不思議ですよね。

 

刑務所にいる犯罪者も子供と同じ

犯罪者

ここまで、子供がわるいことをしたときの対応についてお話してきました。

このようなまとめ方をすると、まるで子育て本のような印象をもたれるかもしれませんが、そうではないのです。

最初に書きましたが、筆者は刑務所にいる犯罪者の更生員です。

その筆者の目には、刑務所にいる極悪犯も子供と同じ立場のようにみえるということです。

長い間刑務所にいて、ついに外に出たときは、まるでこの世に生を受けたばかりの幼い子供とよくにた状況だと言うのです。

心を許せる人などいません。そもそも昔から心を許せる人を作るのが難しかったから犯罪者になってしまったという経緯もあるのですから、尚更です。

刑期を終えて、刑務所の外に出ても、そこには誰も手助けしてくれる人、心を許して何でも話せる人がいない。これがどういうことを意味するか?

再犯です。

 

よく、こんな意見を耳にしませんか?

「殺人をおかした犯人が出所して、今頃幸せに暮らしていると思うと、亡くなった娘がいたたまれない」というご両親のお言葉です。これは当然の気持ちでしょう。

過去に殺人等の犯罪を起こした人が、刑期を終えて外に出て、その後結婚したり家族をもうけたりした場合、何であいつが・・と批判されたりしますよね。

筆者はこういった世間の声に対して苦言を述べています。

もちろん被害者の家族や近しい方が、こういった感情を抱くのは当然のことです。しかし、赤の他人までもが言うことではないという考えです。

なぜなら、家族をつくることができたということは、その犯罪者は人に心を許せるまでに更生できたという証拠なのです。

むしろそういった更生がうまくいかず、一人孤立してしまうと、元犯罪者はまた罪を犯す可能性が非常に高くなるのです。

そうなると、今度はあなたが、あるいはあなたの身近な人が、その犠牲になるかもしれません。筆者の言葉で、私の心に響いた言葉を紹介します。

更正は、ただ正しくなるだけです。

更生は、更に生きるということです。

正しくいるだけなら、誰かが厳しく監視すればよいだけです。それが刑務所ですよね。

しかし更に生きるには、心を許せる人を見つけ、人間関係を築いていく必要があります。

そうでなければ生きられないんですよね。だからどうか犯罪者の更生を、被害者以外の人が邪魔しないでほしいというのが筆者からのお願いです。

 

正しく生きるより、ともに生きる子育てや社会作りを!

人間関係 つながり

この本のおかげで、正しく生きるより、人と認め合いながら生きることを、子供に教えていきたいと思えました。

そして子育て中の人なら必ず遭遇するであろう、子供が悪いことをしたときの怒り方について、いいヒントをいただけました。

怒鳴りつけるよりも、正論を言う方が子供を追い詰めてしまうかもしれないということは、全く考えたことがありませんでした。

反省させるのではなく、一緒に考えることの大切さをこれからは意識して子育てに取り組みたいと思います。

そんな大切なことに気づかせてもらえる本です。少しタイトルは過激ですが、きっと色んな方の心に響く一冊だと思います。気になった方は是非読んでみてください。

 

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