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社会派・ドラマ

【映画「子宮に沈める」】シングルマザーの虐待の典型【あらすじと感想】

投稿日:2017-02-18 更新日:

【シングルマザーの虐待】「子宮に沈める」の背景とは(実話)

(こちらの記事の挿入画像は「子宮に沈める」の公式HPよりいただきました。)

こんにちは、Michiyoです。

今日は映画レポです。

前回の「鬼畜の家」という実際にあった幼児虐待の3家庭を題材にした著書の紹介に続いて、今回も実際にあった虐待に関する映画の紹介です。

「子宮に沈める」

正直、なかなかみるのに勇気が必要な映画だと思います。

同じ親として、本でよむのではなく、映像で虐待する親と虐待される子どもをみるというのは、非常にしんどかったです。

しかし、最後の最後の状態以外は、誤解を恐れずいえばどこにでもある光景ではないかと思ってしまいました。

だからこそ虐待のこわさを感じることができる、非常によい映画だとも思います。

 

背景説明(実話)

この映画は、大阪で起こったネグレクトによる幼児2人が死亡した事件をもとにつくられています。

犯人であり、幼児2人の母親である下村早苗さんは、キャバクラに勤めている20代前半の女性でした。

シングルマザーで、頼れる人もまわりにいない孤独な女性です。

ホスト通いなどにはまり、育児放棄、最終的に子供を家に閉じ込めて外出したまま戻らず、死亡させたとされています。

彼女は懲役30年という異例の重い判決が出て、現在服役中ですね。

私は、母子カウンセラー(主にシングルマザー、望まない妊娠と中絶経験者などのサポート)をしていますので、このニュースについては心を痛めましたし今もよく覚えています。

そんな事件を題材にした映画ということで、勇気を出してみてきました。

 

【あらすじ】子宮に沈め

①女性は、旦那さんと長女と幸せに暮らしていました。

お料理も大好きで、毎日おいしそうな手作りご飯をつくってあげていました。

子供たちはママのことが大好き、旦那さんとも仲睦まじく、まさに理想の家族といった様子が描かれています。

 

②次男がうまれ育児もいそがしくなり、旦那さんとは少し疎遠になってきていましたが、それでも専業主婦として子育てに励んでいました。

子供たちにとってはいいママでしたが、旦那さんとは喧嘩をしたりする場面が描かれています。

 

③結局旦那さんとの溝はうまらず、離婚することになりました。

それまでのような恵まれた環境ではなくなりましたが、働きながらも毎日なんとか夕飯をつくって、子育てをしていました。

子供たちはお互いに支え合いながら、ママのことが大好きな様子が描かれています。

このころから、ママは手料理をつくることはなくなり、お惣菜ばかりがテーブルにならぶようになり、やや育児や家事につかれてきている様子が描かれ始めます。

 

④しかし、子供たちは貧乏なりにも元気に育っていました。とくにお姉ちゃんは弟の面倒をみるしっかりした子に育っていました。

このころから、母親は女として目覚めてしまったのです。

夜の仕事を始めて、男性にチヤホヤされはじめたからでした。

夜のお店で知り合った男性を家に連れ込み、子供を寝室に閉じ込めて男性と過ごすようになりました。

 

⑤次第に、男性と外出したり子供たちをおいて、外を出歩くようになりました。

それでも1日で家には戻ってきており、一応食べ物もつくっていました。

しかし、だんだんと家に戻る頻度が減り、子供たちだけで過ごす家の中はごみ屋敷へと化していました。

母親は片付けることもやめ、さらには子育てへの意欲もなくなってきました。

 

そして・・・

とうとう・・・

大量のチャーハンをつくってお皿に盛った後、家をでていったまま戻りませんでした。

お腹がすいた弟は大泣き。

お姉ちゃんはママのまねをして、ミルクをつくってあげていました。

しかしそのミルクも底をつき、お姉ちゃんはマヨネーズなど冷蔵庫にあるものを食べて過ごしました。

弟は水を飲んで過ごしました。

缶詰をあけようと包丁をつきさしているところは、思わず目をふさぎそうになってしまいました。

もちろん弟はオムツなどはつけっぱなしで、泣きじゃくっています。

お姉ちゃんもまだトイレが覚えられておらず、部屋で垂れ流していました。

そしてとうとう、弟がうごかなくなりました。

お姉ちゃんは「死んでしまった」ということがわからず、粘土でつくった食べ物を弟に食べさせようと口に押し当てたり、呼びかけ続けたりしました。

 

しかしお姉ちゃんも、次第に意識が朦朧としてきました。

 

そんなとき、インターフォンがなりました。

おそらくこれが、この子の命を救う最後のチャンスだったでしょう。

しかし、インターフォンボタンが高いところにあり、手が届かず、イスを運んできてやっと手が届いた時には切れてしまっていました。

そして、そのままお姉ちゃんも横たわり、起き上がれなくなりました。

 

そんなときに、ガチャっとドアが開きます。

母親が帰ってきたのでした。

母の顔をみてお姉ちゃんは声をふりしぼっていいました。

「ママ、おそいよー。おなかすいた。弟がうごかないよ。」と。

必死で話しかけますが、母親は部屋の中の異臭に鼻と口を覆い、そして何も言わずお風呂にお湯をためはじめました。

 

そして、かろうじて生きていたお姉ちゃんをそのお湯の中へ。

 

バタバタバタ・・・と暴れる音がほんの短い時間きこえて、すぐに静かになりました。

 

母親はそのまま部屋を片付け、呆然とイスに腰かけ・・・

自分の子宮に赤い糸を挿入する・・・という少し謎なラストシーンで終わります。

このラストシーンと、映画のタイトル「子宮に沈める」は繋がっているのだと思いますが、その意図ははっきりと私にはわかりませんでした。

 

【感想】「同じシングルマザーとして・・・」

この映画は、密室で、ほとんどが母親と子供二人だけの映像でおわっていきます。

つまりシングルマザーというのは、私もそうですが非常に孤独だということです。

何かあったとき、実際に頼ることができる人はなかなかいません。

幼稚園や小学校に子供が入って、ママ友ができれば環境はかわりますが、それ以下の3歳までの幼児を育てているシングルマザーは本当に孤独だと思います。

保育所なんて、行事もないし、とにかく働いて忙しくしているお母さんたちの集まりですからね。

私はたまたま会社に恵まれました。

そこで子供も一緒に付き合える同僚ができましたし、大切な人もみつかり人生が救われました。

でももし仕事も正社員につけず、派遣やバイト、さらには夜の仕事のような人間のつながりが希薄な環境にいると、どこにも信頼できる人を見つけられていなかったと思います。

 

いつも、いつも思うのです。

自分も紙一重だったと。

そして、周りのお母さんたちも紙一重だと。

 

何も離婚だけではありません。いつ、どんな理由でシングルマザーになるかわかりません。

もちろんシングルファザーも。

理由によっては、環境によっては、体調によっては・・・

さまざまなことがきっかけとなって、子育てをする気力がなくなるかもしれません。

そんなとき、すぐ近くに闇がせまってくるのです。

 

以前記事にした「鬼畜の家」のあらすじと感想でも書きましたが、虐待によって子供を殺害する親は、ニュースなどでは非常に“残忍な親”として紹介されます。

しかし、現実には彼女たち(父親の例もありますが)は、人間的にはとてもおだやかであったり、真面目なことが多いのです。

それゆえに、世の中の不条理も受け入れてしまい、追い詰められてしまった結果、“残忍なこと”をしてしまったということなのです。

 

報道などでは、事件の残忍さを、犯人の人間性に重ねられがちです。

そしてそのニュースをみた私たちは、「なんてひどい親だ。自分たちとは違う、自分はあり得ない」と考えてしまいます。

しかし、それは誤りだということを、こういった映画や本をみるたびに思います。

私が今母子支援のボランティアをしているのも、そういった危機感からです。

他人事ではないのです。

自分も紙一重・・・世の中の多くの親が紙一重・・・

そう思ったら、何かせずにはいられなくなりますよね。

 

この映画のもとになった下村早苗さんが住んでいた(二児が亡くなった)マンションでは、この事件を機に、近所付き合いを開始し、定期的な集まりを開催するようになったそうです。

身近で起これば、みな他人事ではなくなるのですね。

 

→鬼畜の家に関する記事はこちら【虐待する親】「鬼畜の家」から感じた子供を虐待する親の特徴4つ

 

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