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【教養とは無駄である】無駄なのに、なぜ教養は必要なのか?

投稿日:2017-02-18 更新日:

小泉元首相の右腕・飯島勲さんの著書「ひみつの教養」【あらすじ・感想】

「ひみつの教養」という本。小泉元首相の右腕となった飯島さんの著書です。本のタイトルにひかれて、またまた購入してしまいました。中身は質問と解説形式になっていて、最初の質問がこれです。

「初対面の人に振ると良い話題は?」

これはもちろん「出身・趣味・天気」ですよね。なぜなら初対面の人には、当たり障りのない話題が良くて、政治や宗教、応援している野球チームなどはタブーな話題とされているからです。この程度の教養、身についてますよって感じでしょうか。

 

しかし、飯島さんの答えは・・・

「政治・宗教・野球」です。

人はさらけ出していない部分、さらけ出せない部分を話してこそ、お互いを知ろうと思うもの。興味をもってもらうには、タブーな話題こそすべきであるというのです。

これのどこが「教養」の説明だ?って思われましたか。

しかし、考えてみてください。

「政治・宗教・野球」について話題にできるということは、どの政党の話題になっても、どの宗教の話になっても、どの野球チームの話題であっても、十分に話せるだけのストックをもっておかないと話しにならない、ということです。

自分の好きなチーム、応援している政党、信仰している宗教についてだけ詳しいのでは相手とのコミュニケーションはとれないわけです。

それこそが、まさに教養の必要性だということですね。

 

天気の話題は何となく話せます。

趣味や出身地の話もへ~ってきけますよね。

でも、自分から政治の話を振っておいて、相手が○○政党の話を始めたとき、へ~って言えますか?自分自身が、その政党の考え方、党首、最近の動向などある程度知っておかないと話になりませんよね。

宗教も。野球も。

つまり教養あってこそ価値のある話題が「政治・宗教・野球」だということです。初対面で「政治・宗教・野球」という一般的にタブーと言われている話題を振ることができる「一流の人」はイコール「教養がある人」だと言えるのです。

 

【教養とは何か】私の答えは「教養」とは「無駄」です。

飯島さんは教養があるからこその、ひみつの教養を教えてくれています。なんとも皮肉な著書です。でも面白いのでよかったら読んでみてください。

本の話はさておき、普段から教養の大切さはよく言われていますよね。では、いったい教養とは何なのでしょうか。

辞書では「学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。」であったり、「社会生活を営む上で必要な文化に関する広い知識。」といった説明がされています。

でも私にしてみれば、「教養」とは「無駄」です。生きていくうえで、なくても困らないものです。学生生活を送る上で、テストの点数には関係のないものです。それが教養です。

そのため、どんなに大切と言われてもなかなか育まれないのが教養です。実生活では無駄になりかねないものだからです。忙しいとすぐに役立つ知識や技術を習得することだけに集中してしまいますからね。

 

「無駄」がイノベーションを生むという皮肉。

プレジデントのとある号に掲載されていた記事です。

実生活において無駄はどんどん省かれて、効率化が求められています。会社でもそうですよね。「効率化、効率化」って耳にタコができるくらいよくききます。

しかしその一方で、企業はイノベーションを求めています。

でも、イノベーションは生まれません。なぜでしょうか?

無駄がイノベーションを生むからです。

教養がイノベーションの礎となるからです。

仕事に追われると、会社の中ではもちろん、家や社会でも教養を育む時間が削られていきます。教養はすぐに役には立たないために、無駄なものとなるからです。残念なことです。

イノベーションを生むために、社内効率化をすすめコストを削減し、余った資源をイノベーションを生むために使いたい・・・

そんなにうまくいかないということです。

そして、教養が奪われているのは何も会社のなかだけではありません。

 

都市開発が進むほど、人々の心は貧しくなる

関西人(大阪人)のみなさん、この写真どこかわかりますか?

この高いシンボルをみれば、大阪人でなくても、いやいや関西人でなくても、わかる人も多いでしょうか。

そう天王寺です。大阪のミナミとよばれるところ。天王寺動物園前の広場です。

あの全国的にも有名な「あいりん地区」のすぐ近くです。

数年前に訪れたことがある人は、この写真を見て驚かれたのではないでしょうか?私は娘が3歳の時にいきました。そしてこの写真を撮影したのが3年後のつい最近です。

あまりの変貌に驚きました。

かつての天王寺動物園前広場にはホームレスが集いました。

今の天王寺動物園前広場には、若者や、子連れのママが集っています。オープンカフェができ、子供が遊べる室内おもちゃランドのようなものができて、まるで別世界なのです。

私の従妹が言っていました。「Michiyoちゃん、最近天王寺がめっちゃブームなんだよ!おしゃれでゆっくりお茶とかできていいよ!子供も遊べるし!」と。

天王寺は、梅田と同じような街にかわりつつあるのです。ハルカスができ、その流れで急速に都市開発がすすんでいます。

たしかに街がきれいになることは良いことですよね。観光客も増えますし、住む人も若返り、街が活性化されるかもしれません。

しかしながら、私は天王寺動物園前広場から教養が失われたことにショックでした。

あの広場は、子供の笑顔があふれる動物園内と、ホームレスがたまる世界を、混沌とつなぐ空間でした。

私が子供の頃のことです。動物園に行くのを楽しみに笑顔で電車を降りるのですが、駅を出てしばらく歩くと急に背筋がピンっと張るような、表情がこわばるような時間に変わります。子供心にも空気の違いを感じさせる空間だったのです。

その時に私は多くのことを感じ、学びました。

そして同じように3年前までは、娘にもその空気を感じさせていました。

どうしてこのあたりにホームレスが多いのか?

どうしてこの人はホームレスになったのか?

家族はいないのだろうか?

あの駅を出て、動物園まで歩く間だけで、実にさまざまなことを考えたものです。そこには世の中の現実がつまっていました。そうやって大人になっていったのです。

 

しかし都市開発がすすむと、みんなキレイなところしか見なくなります。街が整備されればされるほど、世の中、現実を見る機会が極端に少なくなります。

世の中を知らずに育ったのに、いざ大人の世界に放たれた瞬間、そこには現実がまっているのです。子供たちはそれでやっていけるのでしょうか。

どこで世の中、社会の裏側についての、教養を学ぶのでしょうか。

私は、都市開発は教養を育む機会を奪い、心を貧しくするものだと思っています。そのため一概に都市開発はすすめば良いものだとは思えないのです。

 

親が教養を身に着けることで、子供の心も豊かに。

さんざん、企業の効率化推進や、都市開発に苦言をのべてしまいましたが。文句言うだけでは何も生まれません。私たち親にできることは、そんな社会の流れに逆行して「無駄」を楽しむことではないでしょうか。

親自身が教養を育むことです。

そして、せめて家庭の中だけでも、教養を育むことができる空間を作り出しましょう。

子供と一緒にとことん無駄なことを考えたり、無駄を楽しむ心を子供に教えてあげることが、ゆくゆくは無駄ではない子供にとって価値あるものになるのではないでしょうか。

そう思いながら、日々子育てに励んでいるところです・・・

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