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【ユニクロ】東京の有明に作った物流センターは失敗だった!?【柳井氏の誤算】

投稿日:2017-07-05 更新日:

【ダイヤモンド】ユニクロの柳井正が計画する“最後の破壊”とは?

ユニクロ

こんにちは、Michiです。今日はビジネスレポです。

今週のダイヤモンドはユニクロ特集でした。ユニクロと言えば、ファーストリテイリングの1事業であり、そのファーストリテイリングを率いているのが柳井さんですよね。

今回は柳井さんの経歴と、ユニクロの今後の展望についてまとめてみたいと思います。

なんだかユニクロの先行きが怪しくなってきているみたいです。その原因が、東京の有明に作った、超巨大&超高級な物流センターだとか・・・真相をレポートします。

 

でも、まずはその前に柳井さんの経歴をさらっとおさらいしましょう。

柳井正(ファーストリテイリング会長)

柳井さん

以前も記事にしましたが、柳井さんと言えば日本の名経営者の代表です。

実際に、人相学の世界では、柳井さんのように耳の位置が低い人は、「志が高く」「強い意思で物事をやりとげる」といった特徴を持っていると言われています。そのために、名経営者に多い特徴のひとつだそうです。

柳井さんと孫さんの2ショットを見れば、お二方とも耳の位置が低いですね!

柳井さん&孫さん

参考記事:【性格が顔に出る】「社長の人相診断」が面白い!

 

そんな名経営者として、確固たる地位を築いている柳井さんですが、実際は失敗続きの人生だったと言われています。

 

まずは柳井さんのルーツ【優等生→放浪→リーマン→家業を継いだ!?】

柳井さん②

柳井さんは、今や資産は日本一といわれています。それほどの財を蓄えるまでにはいったいどんな人生をおくってきたのでしょうか。

柳井さんのルーツを知れば、決してエリートだったわけではなく、楽してその道を築いたわけではないことが分かります。

 

まずは、生まれ。

柳井さんは、カジュアル衣料品を扱う2店舗を経営している一家に生まれました。店舗の2階に家族や従業員が住むと言う、典型的な家族経営のお店だったようです。

幼少期の性格。

のちの自著で語っておりましたが、「天邪鬼」だったようです。周りが「山」といえば「川」と答えるような子供だったそう。

また口数は少なく、おとなしい子供だったようです。

4人組でよく遊んでいたけれど、決してリーダータイプでもなく、運動神経もよくなかったらしいです。ただし、頭だけはよかったそうな。有名高校にすすみ、受けた大学は全て合格という頭脳の持ち主。

大学時代。

結局受かった中で、柳井さんは早稲田大学にすすみました。

しかし、ここまでは完全に父親の敷いたレールを進んだだけで、今の柳井さんを彷彿させるような個性などは全く見当たらない道のりだったそうです。

父親に「とにかく一番になれ」と言われ続け、勉強に取り組んだと言っておられます。

そして親元を離れて大学に進んだ瞬間、柳井さんは勉強のやる気をなくし、ほとんど学校には通わなかったそうです。

学生運動などが盛んな時期で、柳井さんはそういった運動にもなじめなかったそう。

意外にも意外!映画、パチンコ、麻雀・・・と、堕落した生活を送った学生時代だったとのことです。

 

しかし!!ここで柳井さんに転機が訪れます。

柳井さんは、学生運動で大学が閉鎖されていた間に、父親に数百万円を用意してもらって「世界一周旅行」に出かけました。ちなみに、この旅行で知り合った女性が、今の奥様だそうです。

 

そんな心機一転の旅行から戻り、なんとか勉強する気を取り戻して、大学を無事卒業するのですが・・・

なんと柳井さんは就職活動でも、大失敗をします。

 

就職。

柳井さんは、大手商社を受けるも、軒並み不採用となりました。

そして、柳井さんは古い縁でジャスコ(今のイオン)に入社しました。しかし、面白くなくてわずか9か月で退社してしまうのです。

 

米国留学?家業を継ぐ?

その後、柳井さんは米国留学をしようと、友人のアパートに居候して、英語の勉強に励んでいたそうですが、ここでまた父親からの喝が入ります。

さっさと留学するか、結婚して家業を継ぐか。

という選択を迫られたそうです。

そうして、柳井さんは家業を継ぐことに決め、これがファーストリテイリングのはじまりとなるわけです。

 

柳井さんのこれまでの失敗歴

柳井さん③

実は、柳井さんは家業をついでからもたくさんの失敗を繰り返しています。

さきほどのルーツでまとめた通り、柳井さんは25歳で家業を継ぎ、そこからわずか30年ほどで田舎商店を1兆円起業に育てました。

これだけみると、素晴らしい成功者ですよね。

しかし、実際の道のりは、成功つづきではなく、むしろ失敗の目立つ経営人生だったそうです。

柳井さんの失敗歴をあげていきましょう。

おそらく知っている人の方が少ないと思われますが、ユニクロの派生としてつくった「スポクロ」、「ファミクロ」は、20店舗ほどつくったにもかかわらずあっさり展開を中止しました。わずか1年未満の即断だったそうです。

他にも、

・NYに子会社設立→3年半で解散

・ユニクロ、ロンドンに進出→1年半で閉鎖(21店舗中16店舗を閉めた)

・中国出店→3年強で戦略を転換

・野菜事業(SKIP)を開始→1年半で撤退

とまあ、本当に失敗続きです。

柳井さんの著書に「一勝九敗」というのがあるのも、うなずけますね。

 

しかし、これだけの大きな会社を経営しながらも、失敗をおそれないベンチャー精神をもってチャレンジしていくところが、柳井さんのすごさなのでしょう。

 

と、ここまで柳井さんの経歴を振り返ってきました。ここからが今回の本題であるユニクロの行く末についてです。まずは、その行く末を握っているといわれている有明の物流センターについてみていきましょう。

ユニクロの大改革(有明の物流センター)も失敗に終わるのか!?

ユニクロ②

さあ、そんな柳井さんがまたもや失敗しかけているのが、東京の有明につくった巨大な物流センターだそうです。

今回もただの失敗の一つに終わるのか。

それとも、ファストリの大崩落につながるのか。

はたまた逆転大成功に向かうのか。

とにかく注目を集めている有明のユニクロセンターについて、ここからはレポートしたいと思います。

この物流センターですが、柳井さんが、相当な思いを込めて作ったユニクロの城であります。

ご存知の方も多いと思いますが、大和ハウスと共同で建て、一緒に運営していくと華々しく「帝国ホテル」で会見を開きましたよね。

物流倉庫だけではなく、最上階に約1000人が配属された広大なオフィスを設けています。そのオフィスは、まるで高級ホテルを思わせるような空間で、相当なお金がかかっていることは明らかだと言われています。

実際にこのセンター、土地だけでなんと421億円をこえているそう。そこに建物代を合わせれば・・・相当な金額をつぎ込んでいることは間違いないでしょう。

 

それでも当初の計画通り、物流拠点として、そしてファストリの世紀の大改革拠点として機能していれば、元はとれたのかもしれません。

しかし、現実は・・・大失敗ということです。

失敗の原因は柳井さんの采配ミスといわれています。

というのも、重要な倉庫内オペレーションの統括を、柳井さんは物流担当者に丸投げしていました。その結果、オペレーションがうまく機能せず・・・効率も悪いままで、運営コストがかさみ続けているそうです。

それを知って怒り心頭の柳井さんが、一から大改革に乗り出したそうですが、あとの祭り。

その間も、世界各地から大量の商品が有明に運ばれてくるわけで、あふれだす商品を裁くために追加で人を雇ったり、他に倉庫を借りたりと、さらにコストがかさむという・・・負のスパイラルに陥ってしまっているようです。

現在は、だいぶ落ち着いたと言われているようですが、この有明がファストリの経営に相当な打撃をあたえたのは間違いないといえるでしょう。

 

果たして、この有明の物流センターは、柳井さんのこれまでの人生のように“失敗の一つ”として数えることになるのでしょうか。

専門家たちの間では、これまでの失敗とは、かかったコストが桁違いであり・・・ファストリが大崩壊するプロローグ(序章)になりかねないとも考えられているようです。

しかし、柳井さんは「崩壊」こそ次の創造への道!と考えている人です。

この崩壊こそ、世界一を目指している柳井さんにとって、その最後のステップになるかもしれないという・・・「大逆転劇」にも期待してしまいますよね。

柳井さんも、ファストリも、今が正念場のようです。

今やユニクロは、みんなの生活になくてはならない存在ですからね、ファストリの行方には今後も注目していきたいと思います。

 

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